FC2ブログ

書籍『心はすべて数学である』

『心はすべて数学である』(津田一郎 著、文藝春秋)

を読みました。

平易な解説の中に、最先端の知見が盛り込まれた名著だと思います。
数学(特にカオス)を武器に、脳の基本的な仕組みを解き明かしていきます。ただし、生物学からのアプローチではなく、数学からのアプローチなので、「理論上は考えられるが、実際に脳内で確認されたわけではない」という段階の研究も多く含まれている点は、少々注意が必要です。この辺は物理学と数学の関係にも似ていますね。とはいえ、アインシュタインが理論的(数学的)に予言した現象が、後年、物理学的に実験で確認された例もあります。津田氏が提案されている理論が将来、生体内の現象として観察されるかもしれません。
「可能性を示すことで、実験の方向性を示す」というのは、自然科学に対して数学ができる大きな貢献だと私は考えます。

以下、気になった記述について、幾つか具体的に追っていきます。
なお、ページ番号は電子書籍版のものです(私はスマホで読みました)。

●視覚においても聴覚においても、見たり聞いたりした情報を脳で処理するには0・3秒くらいかかってしまう。(P58)
☆まず、基本的な実験事実の確認として、こうした情報が書かれているのは助かります(もっと多くても良いくらい)。具体的な数値で示されるとイメージしやすくなるからです。

●知覚というのは、数十ミリ秒おきにコマ送りになっていて、それが脳の働きによってスムーズに見えているだけです。つまり実際のところ、私たちは常に離散的、ステップごとにしか出来事を感じられません。(P62)
●脳の処理は実は離散的な時間でしか起きていません。目の前のものを「見た」ときに、30ミリ秒(0・03秒)ごとにその感覚刺激が伝わってきます。でも、この30ミリ秒と次の30ミリ秒の間はというと、本当は何も見えていない。ところが実際に私たちは「見えている」ような錯覚に陥っています。(P87)
●脳は離散的なものから連続的なものへ〝近似〟をしているのですが、さらに面白いのは、この脳の「補完」によって認識が補われているばかりか、我々は行動の予測もできるということです。(P92)
☆この辺は、映画やアニメーションの認識論とも密接に関係してきますね。アニメーションは離散的な絵画表現ですが、連続している現実世界であっても脳内に入力直後は離散的にしか把握できていないのに、最終的に連続しているように感じているという実に不安定な仕組みの上に成り立っていることがわかります。
連続→離散→連続(現実世界の認識)なら、まだしも、
離散→離散→連続(アニメーションの認識)となっているわけですから…。

●実際に起こった出来事を思い出すとき、例えば200分で起きたことは1分で思い出すことができる(P97)
☆これも映画論に近い内容です。実際に200分かかったことでも、映画の中では200分かけて上映する必要はありません。1分で示すことが可能です。むしろ、こうした編集技術を駆使しないと、退屈な作品になってしまうことでしょう。

●気象現象などのように、決定論的、すなわち何らかの原因で動きがあらかじめ決まっているにもかかわらず予測ができない運動のことをカオスと呼びます(P137)
●複雑系とは、従来の物理学的方法の根幹をなしていたシステムを、単純な要素に分解して、その要素の理解を集合させることでシステム全体の理解を行うという要素還元的方法ではシステムの理解ができないような系のこと(P206)
☆これらの「カオス」や「複雑系」の説明は、正確な上に分かり易いと思います。本書を読むと、随所にこうした本質を捉えた記述があり、感心させられます。

●私たちの理論によれば、記憶の働きは、部分的にはカントル集合という数学的な集合に表われています。カントル集合とは点集合で、実数と同じだけ非可算無限個の、数え上げられないだけ多くの要素があるというもの(P224)
☆要はフラクタル的な構造を持っているということ。しかも、「カオスにはフラクタル構造が内包されている」(P383)というではありませんか! 脳内の記憶にカオスとフラクタルが関与している可能性──夢を掻き立てられます。さらに、工業分野への応用にもつながるような気がしています。現在主流のデジタルコンピュータでは無理かもしれませんが、関数の再帰的呼び出しに近い仕組みを使うことで、うまく情報の圧縮ができるのではないか、と妄想しています。現代の最先端の技術で、アナログコンピュータを再発明したら、どうなるでしょうか?

●脳は、他者とのコミュニケーションによってダイナミックに構造が変化していく。(P254)
●ニューロンは、外の情報を神経系の内部に最大限効率よく伝えるために必要な装置として生まれてきたのではないか(P255)
●外部の働きによって中に分化した個々の成分(部品)ができてくるのです。つまり、「他者によって自己ができてくるようなメカニズム」(P256)
☆この辺も面白いですね。ジュリオ・トノーニらの『意識はいつ生まれるのか ── 脳の謎に挑む統合情報理論』にも接近しているように思われます。これらが重なり合うところに、新しい理論の領域が拓けそうです。

●カオス遍歴とはアトラクター間のカオス的遷移のことです。ここで、アトラクターとは、その周囲の軌道を全てそこに引き寄せる、吸引する性質を持った集合のことです。ですから通常は、アトラクターに入ってしまえば軌道は決してそこから出ることはできません。しかし、アトラクターが一時的に不安定であったり、ゆらぎをもっていると、アトラクター間の遷移が可能になるのです(P264-265)
☆さらに、古い記憶を壊さずに新しい記憶を重ねることも可能(P304-305)とのことで、驚きました。しかも、時系列で記憶するのに適しているというのは日常的にも経験していることで、この理論が生体でも実証されれば、効果的な学習法の開発につながるかもしれません。

●脳は刺激−反応マシンではなく、外界に対する内部イメージを常に作っていて、外部からの入力を1つの刺激として、内部イメージを呼び出すことでこの編集された情報に基づいて外界を解釈しようとする(P268)
●自然や人間社会を含めた環境は完全に予測可能でもないし、かといって完全にランダムでもない。決定論的でもなく確率論的でもない。(P275)
☆この辺に本書の神髄があると思います。詳しくは本書を購入して熟読して頂きたいのですが、こうした考え方は様々な認識・制御システムにも応用できるのではないかと個人的には考えています。

知的好奇心に火を付けるのに充分な書籍で、私は満足いたしました。
でも、さらに詳しく知りたい読者は、論文を入手するしかないのでしょうか?
できれば、「読み物」ではなく「教科書」としても使える様な、この次のステップの書籍も読んでみたいです(数式が出てもOKですから!)。

コメントの投稿


秘密にする
HOME